一の重(祝い肴)・二の重(口取り・焼き物)・三の重(煮物)。なぜ「四段重」ではなく「与の重」と呼ぶのか、福を重ねる縁起の日本文化と格式を紐解くおせち雑学。
身の回りの当たり前を科学的・歴史的な視点から解き明かすと、テクノロジーや文化の奥深さが一気に立体的に見えてきます。知的好奇心を満たしながら、日々の実生活に役立つ確かな知見をお届けします。
お正月に食べるおせち料理は、大皿に盛り付けるのではなく、漆塗りの四角い重箱に整然と敷き詰められます。この重箱文化には、「めでたいこと、福徳が重なるように」という日本の言霊(ことだま)信仰と縁起担ぎの願いが込められています。
おせちの語源は、季節の変わり目を祝う宮中行事「節会(せちえ)」で神に供えられた「節供(せちく)」に由来します。弥生時代の収穫祭や平安時代の五節句が江戸時代に庶民へと広まり、幕府が正月を公の祝日と定めたことで、家庭でも重箱に詰めて神仏と共に食べる風習が定着しました。保存性を高めると同時に、埃を防ぎ、積み重ねて神棚や床の間に美しく供えるための生活の知恵でもあったのです。
現代の一般家庭では「三段重」が最もポピュラーですが、伝統的な武家や料亭の格式では「五段重」が正式とされていました。完全な数とされる奇数の「五」に合わせた段立てですが、上から数えて4段目の重箱を「四の重」とは絶対に呼びません。日本古来の言忌み(こといみ)により、「四」は「死」に通じる忌み数とされたため、代わりに「与(あたえる)」の字を当てて「与の重(よのじゅう)」と呼ぶのが美しいマナーとされました。
さらに奥深いのが、最下段である「五の重」の使われ方です。五の重には料理を一切詰めず、「空(から)」のままにしておくのが本来の習わしでした。「神様から授かる福を詰めるための場所を残しておく」、あるいは「これ以上の繁栄の余地を残す」という日本人の謙虚な美意識(余白の美学)が、この空の重箱に表現されていたのです。
重箱を開ける順番と、どの段に何を詰めるかには、陰陽五行思想に基づいた厳格なルールが存在します。三段重の場合、天に近い最上段の「一の重」には「祝い肴三種(黒豆・数の子・田作り等)」と「口取り(伊達巻・栗きんとん等)」という酒の肴・甘味が配置されます。
続く「二の重」は主菜となる「焼き物(鰤や鯛などの出世魚・海老)」や「酢の物(紅白なます)」。海の幸や山の幸を香ばしく焼き上げ、ハレの席の華やかさを演出します。そして地の底にあたる「三の重」には、根を深く張る里芋、見通しの良い蓮根、穴のあいた牛蒡などをじっくり炊き合わせた「煮物(筑前煮・お煮しめ)」が詰められ、家族の安泰と繁栄を祈念します。名門料亭のおせちが蓋を開けた瞬間に息をのむほど美しいのは、この数百年の食文化の秩序が計算され尽くしているからなのです。
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